過去の旅行記

2001年8月12日〜16日訪韓
2001年12月30日〜2002年1月5日訪韓
2002年5月2日〜2002年5月6日訪韓
2002年8月11日〜2002年8月18日訪韓

  2001年12月30日〜2002年1月5日訪韓

鉄道分断点への旅(前編)
   

この旅で2つの南北分断路線を訪れることにしました。1つは京義(キョンウィ)線、そしてもう1つは京元(キョンウォン)線です。それぞれの路線について簡単にご説明致します。

<京義線>
元々は、京城(現在のソウル)から朝鮮半島西側を北上し、現在の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)と中国との国境近くに位置する都市、新義州に至る路線でした。
朝鮮戦争で分断され、戦後の韓国側最北端駅はムン山駅でした。しかし、2000年の南北首脳会談で、京義線が50年ぶりに再締結されることが合意され、この訪韓時にはムン山駅から更に1駅北まで復活開業しており、この時点での最北端駅は臨津江(イムジンガン)駅となっていました。
その後、今年(2002年)になって更に1駅北まで延長され、現在の最北端駅は都羅山(トラサン)駅になりました。但し、都羅山駅まで行く為には、1つ手前の臨津江駅で一旦下車し、ここで軍による検札を受けた後、都羅山行き列車に乗車しなくてはなりません。この延長により、50年ぶりに臨津江を列車が渡ることになったのです。昔破壊された旧鉄橋の橋脚を横に見ながら、新鉄橋を列車が通過する姿は何とも言えない感慨深い光景に見えます。

<京元線>
現在もソウル市内にある龍山(ヨンサン)駅から半島中央部を北上し、現在の北朝鮮にある元山(ウォンサン)までを結ぶもう1つの動脈路線でした。この路線も上の京義線同様、朝鮮戦争により分断されたままで、韓国側の最北端駅は新炭里(シンタンリ)駅となっています。この新炭里駅、勿論韓国領ですが、なんと北緯38度より北に位置しています。今は終着駅になっていますが、本来は京元線の単なる途中駅でして、その姿に戻る日が早く来れば良いのですが・・・。線路が終わる部分の車止めに立てられた「鉄馬は走りたい」の看板が有名です。




臨津江へ

2001年12月31日大晦日、国鉄の分断路線の1つである京義線の終点、臨津江駅まで行ってみることにしました。途中から大雪で、大変寒い1日でした。

本来、京義線の始発駅はソウル駅ですが、この当時は、実際にソウル駅発の列車は朝の1本だけで、その他の列車は全て、ソウル駅の隣駅ここ新村(シンチョン)駅から発車していました。私もこの駅から列車に乗ることにしました。※注) 現在はソウル駅発に復活しています。)
どことなく懐かしいたたずまいの駅舎です。
この新村周辺は有名な大学や女子大が有り、にぎやかで楽しい学生街になっています。
終点、臨津江までの乗車券は、懐かしい硬券でして、改札口でこれまた懐かしい入鋏をしてもらい「わぁ、この鋏の切り口の形、昔の日本のとおんなじや〜〜」と感動してしまいました。

2001/12/31 国鉄新村駅駅舎
以前は機関車が牽引する客車列車でしたが、現在の京義線は味気無い近郊型の新型ディーゼルカーに置き換えられてしまいました。
終点まで乗車した、新村15:00発 臨津江行き統一号1469列車。


2001/12/31 新村駅にて
京義線 統一号のサボです。終点到着後、裏返されて新村行きになりました。もし国鉄からの放出品があるなら譲ってもらいたいものです。^^;
ソウルでは全然降っていなかったのに、臨津江駅に到着する頃には、すっかり大雪になっていました。
プラットホームに積った雪を、トンボを使って黙々と線路に落としている駅員さんの姿が印象的でした。



2001/12/31 臨津江駅にて

プラットホームより北方を望む。
北朝鮮との軍事境界線はもうすぐそこです。
線路はこの先の臨津江の手前で終わってしまいます。

※注)現在は、この臨津江駅より更に北へ1区間開業しており、一部列車は臨津江に架けられた新しい橋を渡って都羅山駅まで運行されています。
駅を出て更に北へ向かって歩きますと、有名な臨津閣(イムジンガク)があります。
途中の道に兵器や日本統治時代の蒸気機関車などが展示してありました。
しかし寒かった。
おそらく日本製であると思われます。客車には平壌行きのサボが掲げられていました。
南北統一への願いが込められているんでしょうね。
臨津閣に到着しました。建物の中に、日本語で「南侵第三トンネル見学ツアー」と書かれた看板がありました。南侵第三トンネルとは北朝鮮が南侵奇襲用に密かに作ったトンネルで、この他にも何箇所かで発見されています。
このツアーはバスツアーでして、トンネルの他にも映画「JSA」の撮影用に再現された板門店のセットなども見学出来るようで、参加したかったのですが、ソウルを出発した時間が遅く、あいにくもう受付が終了してしまっていました。外国人はパスポートの提示が必要でした。

※注)現在は1つ先の都羅山駅からの参加になったそうです。

2001/12/31 「自由の橋」前の記念碑
何やらテレビの撮影スタッフがたくさん来ていました。日本で言う「行く年、来る年」のような番組であると思われます。12月31日には、全国各地からのリレー中継で、毎年ここ臨津閣からの映像も放送されるようです。
☆おまけ☆
臨津閣で買ったお土産のJSA貯金箱です。
南北兵士の制服姿の可愛い人形が並んでいます。


思いつきでソウルを出発し、到着が夕方になってしまいました。大変興味があるツアーに参加出来ず残念でしたが、雪がしんしんと降る2001年最後の一日・・・。大変思い出深い旅でした。